【エッセイ】社会的制度としての土偶破壊

(ジョーモネスク ジャパン Jomonesque Japan vol.5 掲載)
NPO法人 ジョーモネスクジャパン理事長 小林達雄


 土偶はその殆どがバラバラの状態で発見される。縄文人が意図的に毀したせいである。そもそもモノを毀すということ自体只事で済まされるものではないのに。

 かつてテレビ番組が縄文土偶をとり上げたことがある。そのとき二人の出演者に土偶を作ってもらい、首尾良く焼き上がった。その出来栄えはみごとで、微笑を浮かべながら愛しげに撫で回していた。それをさえぎるように、「毀して!」と声をかけると、途端に顔色が変わり、掌の中に包み込みながら、断じてそうはさせじと抵抗の素振りをみせた。しかし、重ねて促すと、ようやくにして指示に従った。

 また、大英博物館での土偶展に引き続き、2010年イギリス・ノーリッジで開催の土偶展では、入場券代わりに素焼きのミニチュア土偶を用意した。そして毀される土偶の運命(さだめ)に擬え(なぞらえ)て、自分の手で毀して箱の中に捨てることを薦めたのであった。ところが、会期中全体でも、毀して捨てる人は極く少数にとどまった。

 カタチあるもの、しかも、人形(ひとがた)であればなおさら、敢えて毀すのは大変なことなのである。人の子は誰しも、日本人、イギリス人そして縄文人とて、心情に変りなく改めて縄文土偶が毀されたことの並々ならぬ意味に思い至る。

 ヒト形を毀すに当り、誰の心にも沸き起こる葛藤を押さえこみまでして実行するのは、個人的な意志の問題ではないからである。つまり、個人を超えた社会的な制度のやらせなのである。この土偶の破壊は、土偶登場の当初からみられたものではない。むしろ、草創期、早期、前期の土偶は、ほぼ全形を保った状態で発見されている。なかには欠損した土偶も勿論あるけれども、それは毀されたのではなく、毀れたものなのである。それまでは土偶を破壊する社会的制度がなかったことを意味する。

 社会的制度としての土偶破壊は、土偶の歴史上の一大画期、縄文時代第四段階(中期)に始まる。顔面に目、鼻、口を表現する新方式によって、ヒトのイメージに近寄るとともに、新しい任務を帯びるに至ったのである。その具体的内容は全く不明であるが、土偶の破壊されること甚だしい。しかし、仲間の支持があれば心強い。こうして個人の願望は仲間と共有され、個人的負担は軽減されるのだ。土偶破壊という大それた所業も仲間の賛同を得てやがて社会的制度へと止揚される。

 制度は、個人的思惑を正当化し、その制度の下ではじめて個人は安堵することができるのだ。

 言い換えれば土偶がバラバラに毀された状態で発見されるのは、ある一人の縄文人の個人的な恣意によるものでも、そうした烏合の衆の行為の集積結果なのでもない。まさしく社会的制度で保障された所業なのである。縄文世界はそうした土偶の関係する制度を内にもつものであったのだ。その一方で、土偶を保有しない遺跡あるいは地域が認められる。そして突然土偶を盛んに保有するかと思えば、忽ち土偶に見向きもしなくなる時期がある。土偶空白地域、空白時期は、とりも直さず、土偶の制度の有無を意味する。土偶の観念を共有しながら、制度化する地域や時期があるかと思えば、制度にそっぽ向くこともあったというわけである。土偶にまつわる問題は複雑だ。



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